同じ土地に住む二人。片方は話すことができず、片方は見ることが叶わない。
 相手を知る術がない二人は、何となく気にしつつも、しかし接点を持つことを禁じられ、ただただ逢わないようにしていた。


視界を封じられた女と、声帯を封じられた男。


 同じ土地に住む二人。
 同じ土地ではあるが別の部屋で暮らしている二人はお互いに見たことも逢ったこともない。しかし隣に人がいることは最初から知っていた。
 話すことが出来ない彼は、電話できない。
 目の見えない彼女は、手紙を出せない。
 どうしたって逢うことは出来ない。接点を作れない。
 世界はたった二人だけで、だからこそお互いが気になるのに、逢うことだけが出来ない。
 空から天使が見張っている。天使を出し抜くことは出来ない。
 だから逢うことを諦める。

 そんな時、お互いの部屋の扉の前に、白い猫の死骸が落ちていた。

 あきらかに自然死でなく、大振な刃物で殺された元は白かった猫。
 世界には自分たち二人しかいない。相手がやったのだと思った。
「どうしてこんな事をするんだろう」と彼は思った。
「わたしに対する嫌がらせかしら」と彼女は思った。
 声を出せずに泣く彼。涙を見せずに泣く彼女。
「でも彼女からの初めてのコンタクトだった」と彼。
「わたしも何か返事を出さなきゃいけない」と彼女。
「同じ事はしたくない。けれど何かを返そう」と彼。
「卑劣な真似ではなく、正正堂堂としたい」と彼女。
 彼は考える。彼女は考える。
「でも僕は、彼女のことを何も知らないんだ」と彼。
「何も知らない相手にどうすればいいの?」と彼女。
「まず知ることからだ」と彼。
「でもどうやって?」と彼女。
 空から天使が見張っている中、相手に逢うことは、話すことは、見ることは、出来ない。
 何より彼は声を出せず、彼女は光を失っていた。
 そして相手はそれを知らないのだ。
 考えて、考えて、そして二人は諦めた。世界に人間は二人しか存在せず、だからこそ天使を騙せないから。

 しかし嫌がらせは続く。

 壁に落書をされたり、窓硝子を割られたり、次第にそれはエスカレートしていき、二人の精神も限界に来ていた。
「相手さえいなければ」と。
「ここまで悩まないのに」と。
 そして二人は初めて天使に逆らう。今まで相手にされるがまま、我慢してきたのだから、もういいだろう、と。


 ―――――― そして。


 彼は目を見張る。彼女は茫然となる。
 外してはいけないと言われていた声帯防止ベルトを外して、彼女と話すために部屋を出た彼を待っていたのは・・・・・・。
 同じく外してはいけないと言われていたアイマスクと包帯を外して彼が出てくるのを待っていた・・・・・・万能包丁を両手に持った彼女。
 今や彼の腹部からは赤く暖かい血があふれ、包丁を持ったまま硬直した彼女の手を濡らす。
「嫌がらせの意味が知りたかった」と彼。
「憎くて憎くて仕方なかったの」と彼女。
 世界に二人だけしか存在せず、初めて出会った二人は必然的に別れも受け入れた。
「キレイな目をしている」と彼。
「優しい声をしている」と彼女。
「愛している。さようなら」と彼。
 彼女は話さない。話さない代わりに、彼から包丁を引き抜いて、大きく自分の腹部に包丁を突き立てた。
 もう、何も見たくないと呟きながら。

 たった一度の邂逅は、たった一度の会話なのい、全てを変えた。




「あーあ。いなくなっちゃった。やっぱ無理があったんですよ。運命の恋人を引き離すなんて。ほら、二人とも結局、恋に落ちている」
 スクリーンに映りだされた、大量の血を流して折り重なるように地に伏している男女が二人。
「無理ですよ。運命を変えるなんて。そんな事したら結局は・・・・・・」
「ぶつくさ言ってないで片付けなさい。次の舞台に移るわよ」
「はいはい」
 天使の試験は続く。



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+あとがき+

 ちょっと一風変わった書き方をしました。そもそもがコレは一話の予定でした。でも最初がこんなじゃ、本当に書きたい物語を読んでもらえないだろうと更新を遅らせました。
 これぞ箱庭に相応しいお話。

06.06.24

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