八月 act.02



 わたしは塾に通っていない。未室も通っていない。もちろん成瀬も。
 せめて三年の間だけでも通ったほうがいいんじゃないかと親に相談したら、「そこまで真剣に考えてるんだったら行かなくてもいいんじゃない?」と返され、結局塾には通わず仕舞いだった。
 さすがにのんびり屋のわたしも怖くなって、連日図書館に通い詰めている。だって家のクーラー使わせてくれないし、邪魔だからって追い出されるから。
「お前さー、そんな毎日、よく勉強することあんな」
 塾に通わず、勉強している姿も見かけないくせに、常に成績は上位という腹立つ幼なじみがわたしの机の前に陣取って話し掛けてくる。
「別に勉強するの午後だけだし、夜は漫画読んでる」
「普通は午前中にやらねぇ?」
「午前中は寝てる」
「そういや、起こしたの俺だっけ」
 レディの部屋に無断に入ったのは許す。
 けど未室は布団を剥がし、わたしのパジャマ姿を見たのだ。夜中、蒸し暑くてパジャマが丸まり、お腹が全部裸の状態のわたしの乱れた姿を!!
 いくら幼少のみぎり、一緒にお風呂に入った仲だったとしても、許されるものじゃない。
 未室も思い出したのか、いきなり笑い出した。もちろん図書館の勉強コーナーだから声は抑えて。
「おまえ、へその横、蚊に食われてた・・・・っ」
 頭をがつん、と殴られたような衝撃が走った。同時に顔が熱くなる。
 そんなこと、こんな公共の場で言わなくてもいいのに!
 椅子を一つ開けて隣に座っている同じ年頃の少年少女の視線が気になり、怒る前に俯いた。
 どうやら目の前の幼馴染みは、素直に勉強させてくれないらしい。
 そしてきっと、夏休みの宿題を写させてもらおうと画策しているにも違いなかった。
 こんな幼馴染み甲斐のない未室のために頑張っているのもバカらしくなり、わたしはノートを閉じて借りてた本を一つに重ねた。
「なに? もう終わり?」
 喋ったら負けだ。わたしはむっつりと沈黙を保ち、シャーペンを筆箱に入れて自分のものを全部リュックに詰め込む。
 今日はもう終わりにする。
 未室が付いてきた時点で、そもそもやる気が削がれていたのだ。
「本は俺が直しておいてやるよ」
 机の上に置いておいたキャップを被った後、未室が資料を持ち上げた。
―――――― ありがとう」
 癪に障るけど、いちおうお礼は言っておく。
 だって、資料の中には分厚い辞書や地図もある。それらを一度に抱えている未室は、棚と棚の間を何度も往復している。資料は同じ棚にあるわけじゃないからだ。

 基本、いいヤツだ。

 だから本気で怒れないし、お礼だって口に出してしまう。
 きっと、それが勉強を邪魔したわたしへの謝罪だと思ったから。
「さて、帰るか」
「家に寄ってもいい?」
 クーラーのない自分の家ではなく、クーラーのある未室の家に。
「いいけどコーヒー淹れて」
「じゃあホットで」
「お前の分だけなっ」
「冬はコタツでアイスだといいのに、夏はクーラーでホットドリング駄目ってどういうことなんだろう??」
「そんなんばっか考えてるから、勉強が身につかないんだろ」
 せっかく許してやろうと始めた会話が、やっぱり未室の所為で壊れた。
 図書館から出て自転車置き場に向かうまで、またもやわたしはむっつりと沈黙。
 せっかく冷えた体も、夏空の下、じりじりと肌が焼かれていく。
 セミの音が煩い。太陽が眩しい。リュックと背中の間のシャツが、じっとりと汗で濡れていく。
「よしゆき」
 前を歩いていた未室が振り向く。自転車の前だ。
「わっ」
 いきなり目の前が塞がれた。それから頭に違和感。すぐに首を上げたら、未室が被ってたキャップがわたしの頭に移動していた。
「早く乗れよ」
 喧嘩した状態で自転車の二人乗りは嫌ってことかな。だから、これも謝罪かな。
 正直じゃない幼馴染みのために、またもやわたしは妥協する。
 しょうがない。
 だって自転車は一つだけだし、今日もすっごく暑いのだ。

「しょうがない」

 少しでも涼めるように乗ってやるか。



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 新しく追加した文章です。やっぱ夏休みが一話だけってのは淋しいからね。
 それに一夜の間違いが起こるのはたいてい夏だと、言波は勝手に思い込んでおります。

12.01.25

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