ルームメイト


 部屋のドアを中心に、左右に分ける。
 右側のベッドは、三年生の兼重吉秋。左側のベッドは二年生の四刀静司。
 兼重は優等生で、風紀委員長も努める生真面目一本の受験生。四刀静司は札付きの悪で、停学なんてザラ。そもそも日付が変わる前に寮に戻っていることすら珍しい。
 こんなにもかけ離れた二人だけど、実は仲が良くて、さらに隠れた関係にある。

「・・・・・・って言うと、やっぱBLっぽいよな」

 自分側の机で受験勉強をしていた兼重は、反対側のベッドでそう呟いた一年下の後輩を椅子の上で上半身だけ捻って見た。
「・・・・・・ぼーいずらぶ?」
 眉間にシワが寄ってる先輩を見て、からかいどころを見付けた四刀は斜め読みしていた雑誌を閉じて、本格的に兼重に向かい合う。
「あれ? 聞いたことねぇ? やりっ放し、オチ無し、意味無しの三つでヤオイ。略してボーイズラブ」
 ぜんぜん略せていないが、相手は意味を分かっていないので誰もつっこめない。
「やりっ放し・・・・?」
「男同志のセックス」
「せ・・・・っ、おま、な・・・・・・っ!!」
 一気に頬を赤くし、眼鏡を落とさんばかりに身を引く兼重。そんな純情な反応を返すのはいつのもことで、だから四刀も持ってる知識を総動員してからかうのだが。
「女の間で流行ってんだよ。男版レズだな。女が言うにはジャンルの一つであり、ファンタジーだから差別するのは間違ってるらしいけどな。で、俺とアンタの関係がいちばん妖しいんだとよ」
「あ、あやしっ!?」
 もはや受験勉強どころじゃない。
 兼重の頭の中は、すでに四刀に仕込まれた無駄知識がポコポコと浮かび上がり、驚異の記憶力と類い稀な想像力で、男同士のリアルなセックス光景が流れている。
 人は・・・・特に女子はそれを妄想と呼ぶのだが、それに兼重は気付いていない。
 そして吹き出す。

 ―――――― 鼻血を。

「うおっ!? きったねえっ!!」
 慌てて兼重にティッシュ箱を放り投げる四刀。受けとめ切れずに額で受ける兼重。その際、顔が仰向く。おかげで鼻血は円を描き、被害は広がった。
 弧を描いた鼻血は机からベッドまで飛来し、点々と血の跡を残している。
「・・・・・・・・・・」
「シーツが汚れた・・・・。あ、こういうのも萌えるシチュエーションらしいぞ。血で慣らすらしいし。事が終わってから気付く、っていうすれ違いとか人気あるらしいぞ〜」
 あえて聞かない振りをする兼重。それにしてもどうしてこんなに詳しいのか。
 そんなことすら優等生で生真面目な受験生の頭は働いてくれない程、ある種の衝撃が脳を揺さ振った。学校の成績だけが人生じゃない、という見本だ。
「・・・・・・ど、どうしてくれるんだ。こんな時間から洗濯機なんて動かせないし、どうしよう、血なんて落ちないっ」
 現実逃避を始めたな、と四刀は冷静に判断する。
「最初から石けんだけで洗う。それから水に流す。そしたら落ちる。お湯は凝固するから使うな、と教わったな」
「最初は石けんっ? 石けんだけっ? 水分はいらないんだねっ?」
「時間との勝負だ。落ちるもんも落ちないぞ」
 バタバタと騒がしくシャワールームに飛び込む兼重。もはや奴の頭に受験勉強はきれいさっぱりと消えているだろう。
「そろそろかな・・・・」
 四刀はニヤリと寮部屋のドアを見やり、ベッドから立ち上がって、ノブを回して少しだけ開けておく。そして何食わぬ顔でベッドに戻ってシャワー室に声をかける。
「落ちそー?」
「ありがとう、落ちてるよっ! あともう一回洗えば完全に落ちる」
 誰のせいでそうなったのかも忘れているらしい。やっぱり学校の成績と頭の良さは比例しないようだ。もちろん怒りが持続しない性格もあるかもしれない。
 それから数分して、兼重が出てきた。
「中で干してるからちょっと邪魔だけど、朝は我慢してくれるか?」
「夜はどうすんだよ」
「あ、そうか、シーツの替え、ないんだっけ・・・・」
 丸裸のベッドを前に、ちょっと困ったふうに立ち尽くす先輩。
―――― 一緒に寝るか、先輩?」
 わざとらしく、普段なら使わない単語を口にする四刀。
 それに気付いたのか、それともやっと気付いたのか、兼重は眼鏡の下の目つきを厳しくする。
「まさか四刀・・・・ワザとか?」
「ワザとでどうやってアンタから鼻血出させんのよ」
「そ、それもそうか・・・・」
「で?」
「で、とは?」
 やっぱり怒りが持続しないのか、普通に首を傾げてくる。
「どこで寝る?」
「どこって、自分のベッドに決まっている」
 当然、と胸を張る兼重。
「でもシーツないぞ」
「一日ぐらい平気だ。枕はあるし、掛け布団は無事だ。夏は終わったからノミもダニも心配ないだろう。問題はない。」
「あるじゃん」
「どこに」
「一緒に寝られると思ってた俺の希望とか」
―――― 一人で寝るのが恐いとか、もう子供じゃないんだから・・・・・」
「誰もそんなこと言ってねーだろうがっ!!」
 あまりにもボケた一言に、さすがに四刀もキレる。
 普段からよろしくない連中と付き合い、寮の門限など守らない典型的な不良。そこに目付きの悪さも加わり、その威圧感は大したもの。
 しかし兼重は視力が悪かった。眼鏡をかけていても通常以下。そんな彼に四刀の見せ付けるだけの脅しなぞは通用しない。
「とにかく一人で寝るから、気にしなくていいよ。もうすぐ12時だし、早く寝たほうがいい。一限は体育だったはずだろう?」
―――――― サボるからいいや」
 当の本人よりも時間割りに詳しい先輩から視線を逸らし、四刀はまたもや部屋のドアを見る。何かを気にしている。
 そこでやっと兼重は、様子がおかしい後輩に気付く。思えば、今日はやたらと人懐っこく絡み付いてきた。
「四刀・・・・。どっか、具合でも悪いのか?」
「えー、あー、まー、確かに悪いけど・・・・・・」
 語尾をゴニョゴニョと誤魔化す四刀。
「それを早く言わないかっ。どうしてそう、他人行儀な遠慮なんかするんだ」
 本当にお前はもう、と兼重はぼやくと、手早くシーツないままにベッドメイクを終えると四刀の座ってるベッドまで来て、本人の隣に座った。
 驚いて身を引いている後輩を無視して真面目な顔で尋ねる。
「熱は?」
「い、いや、そういうのはない。悪いのはあくまでも・・・・・・具合であって」
 またもやゴニョゴニョと言う四刀。
 しかし、兼重はそこで吹き出して、「判った判った」と言った。
「兼重?」
 普段、呼び捨てしている。別に兼重も優等生ではあるが、そこまで真面目に叱りはしない。そもそもこの後輩に、敬語を使われる方が気持ち悪かった。
「判ったよ、一緒に寝よう」
―――― マジ?」
「ああ。僕にも経験あるから。体調が悪い時というのは、人淋しいものだしね」
 四刀も人の子だったのかと、兼重は安心する。反対に四刀は、その意見に反論したいものの、訳あって黙っておく。
「安心して眠るといいよ。四刀がちゃんと寝るまで、ここにいるから」
「・・・・・・アンタって、人が好いよな」
 くすりと笑う四刀。それは人を馬鹿にしたような響きだったが、その表情は柔らかい。それに気付かず憮然とする兼重。
「騙されやすいとでも言うんだろう? ちゃんと親切にする人は選んでるよ」
「へぇ・・・・」
 それって、俺も入ってるのか。
 思わず頬を弛ませる四刀。照れ臭いのもあるが、やはり、優しさは嬉しいものだ。
 しかし四刀には、やらなくてはいけないことがある。どうしても、手に入れなくてはいけないものがある。そのためなら、プライドは売れなくても友は売れる。
 そしていま売るのは、親切にも四刀のために甲斐甲斐しく世話をしている、この兼重という男だ。

(許せとは言わないけど・・・・)

 これも生活のためだ。悪いな、先輩。
 ちょっとの間だけ、餌食になって貰うから。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 兼重の首に腕を回し、一緒にベッドに倒れこむ。
「こら四刀。乱暴にするな」
 ずれた眼鏡を直そうとする兼重の手を押さえ、眼鏡は反対側の兼重のベッドに放り投げる。
「ちょっとだけだって。寝入るまで」
「はいはい」
 しょうがないなと、普段は小憎たらしい後輩の甘えに、兼重も気を許す。
「腕、もう少し緩めてくれないか?」
「知らねー」
 そう言いつつ、腕を伸ばす四刀。
 その様は、まるで腕枕をしているカップルそのもの。気付いていない兼重は弟がいればこんなものかなと思い、ワザとやっている四刀はシメシメと大胆な行動に出ていく。
「心臓の音とか、好きなんだよなー・・・・」
 頭を腕からずらし、胸元へと移動させていく。
「こら、くすぐったいぞ」
 うわ、今の台詞、すっげー惜しい。ていうか、天然もそこまでいくと記念物扱いだ。
「あ、明るいと眠れない? 電気、消したほうがいいかな」
 心からの親切なんだろう。しかし、やっぱその台詞も怪しい。
 そして四刀は、その行動を止めなくてはならない。たぶん、きっと。暗くなるとやっぱフラッシュでバレちまうしな。
「アンタがベッドに戻る時でいいんじゃねー?」
「そういう訳にはいかない。人間の身体ってやつは、もともとそういう風にできてるんだから! 休むときは休む!」
「うお・・・・っ」
 強く振り払われ、四刀は寝ながらにして体勢を崩してしまう。後輩を病人扱いしておきながら、普通にこういう事もする。根が真面目すぎるんだろう。猪突猛進も少し入っているかもしれない。
 兼重はさっさとドアの横のスイッチを切った。
「あれ? 開いてるじゃないか」
 ついでに四刀が開けておいたドアも閉めてしまった。
 残念。ゲームオーバー。
 室内の電気は兼重が勉強していた机の上の卓上ライトのみ。
「どーすんだよ、勉強」
「一日ぐらいサボった程度でどうにかなる勉強の仕方はしてないよ。休むときは休む。言った本人だからね。ちゃんと休むよ」
 ベッドの上の眼鏡を机の上に置き直してから、兼重はベッドに上がって布団を被った。
「明かり、消すよ。風邪はひきはじめが肝心なんだから、きっちり寝るんだよ。おやすみ」
「・・・・・・へーい」
 何故か病名まで決まってしまった。逆らうのは止めようと思い、素直に首肯いた。今日ぐらいは早く寝てもいいかもしれない。
 クラスに一人はいる真面目な説教好き世話好きの優等生の委員長さま。そういうのはたいてい不良の対極にいて、絶対に関わり合いにならないだろう人種なのに、なぜか同室の寮生だったりした。
 この先輩を裏切ってしまった罪滅ぼし・・・・というわけではないけれど、本当に病気になった時、同じぐらい心配しれくれるだろうってことが分かったから。
「・・・・・・おやすみ」
 だから滅多に言わない挨拶を、言ってみたりして。



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+あとがき+

 こんなのボーイズラブじゃないって? でも言波はこういう話も好き。
 と、いうか、この後、本当にカップルになっちゃう話が好き。

兼重(かねしげ) 、四刀(しとう)、 静司(せいじ)は募集した名前を使用しました。ありがとうございました。


+おまけ+

「おーい、昨日の代金、集金するぞ!」
 四刀の周りに色んな女子が集まる。どの顔も寮生の女子ばかりで、しかも瞳がキラキラと輝いている。
「四刀くん、今度はバスルームでお願いっ!」
 共同風呂なんだけど。
「椅子に縛り付けて欲しいなぁ。眼鏡とかそのまんまで!」
 日常生活に支障が生じそうな・・・・。
「奉仕とかさせたい・・・・」
 ・・・・・・・・・・。(←もう何も言えない)
「兼重先輩って、本当に理想の受け体質ね。今度もお願いね、四刀くん」
「皆の要望、適えられるものに限りやりましょう。だからお金のほうも頼むな」
「「「「はーい!」」」」

 つまり、悪いは悪いでも、具合じゃなくて懐具合だったわけ。


07.11.17

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